小説「人生を変えた猫」第12話〜第15話

第12話「妊娠」

 

2013年、3月上旬ごろ、メルが少し太ってきたかなと思い、病院に連れていきました。

お医者様は、メルのお腹を触るなり、

「あぁ、これは、いるね」

ティオがメルとの「行為」に苦戦していたのを見ていたので、僕は半信半疑でした。

「じゃあ、レントゲン撮ってみましょう」

と、メルが連れて行かれました。

猫が妊娠した時は、お腹の中に死産の子を残すことないよう、頭数をあらかじめ知るためにレントゲンを撮ることが多いそうです。

30分くらいしてからでしょうか。お医者様に呼ばれました。

「ほら。3匹いますね」

お医者様はレントゲン写真を見せてくれました。

メルの骨格に紛れて分かりにくかったのですが、小さな頭蓋骨が3つ写っているのが確認できました。

メルの背骨の周りに、3つの骨格。その様子はさながら「エイリアン」のワンシーンを見るかのようでした。

初めて見るほかの生き物の胎児の写真に生命の神秘を感じずにはいられませんでした。

「あと1週間くらいかもね。何かあったら連絡してね」

そう言われて病院をあとにしました。

猫を病院から連れ帰った後は、いつもは他の猫が警戒するものなんです。病院の匂いがついてしまって、ほかの猫かと思ったりするのでしょう。

ところが、その日は、ぐれおじさんも、ゆき姐も寄ってきて、メルの様子を心配するような仕草をしてくれました。

ひょっとしたら随分前からメルには優しくしていたのかもしれません。人間の僕ははじめてメルが妊婦であることを認識したので、それまで気づかなかっただけかも知れませんね。それでも、妊婦が帰ってきて、家族全員で「頑張ってね」と言ってるように見えました。

特に、ティオパパがメルの耳元にキスをする仕草に胸が熱くなりました。

「ありがとう」

そう言ってるかのようでした。

その夜、元奥様のYuさんと一緒に、ティオとメルの結婚式をしてあげたのでした。

美しいメルと、ちょっと不格好なティオのアンバランスな夫婦でしたが、それはそれは、とてもお似合いの夫婦に僕にはうつったのでした。

 

それから1週間後、その日を迎えるのです。

12 

 

第13話「出産」

メルの妊娠発覚から一週間後、あっという間にその日がやってきました。

その日、僕は朝から予備校の仕事に出ておりました。お医者様からも一週間くらいと言われていたので、注意はしていましたが、その日の朝のメルはいつも通りだったんです。ところが、お昼頃、元奥様のYuさんからメールが来ました。

「メルが産むかも!」

ちょうどお昼休みだったので、慌てて電話をかけました。

「朝からやたら甘えてくると思ったら、さっき、猫ハウスに入って、うずくまったの!」

普段わりと冷静な僕も、その時はさすがにテンパりました。まだ授業は3時間もあるから、ここで帰るわけには行かないし。

とりあえず、生徒に問題を解かせてる間や、休み時間に、こまめに様子を聞きながら、授業が終わると直ぐに帰路につきました。

まだ産まれていなかったので、早く家に帰ってあげようと急ぎました。車だったのですが、あれほどハラハラした運転はありませんでした。

「少し黒いのが見えてきたかも」

「なんかすごく辛そう」

メッセージが来る度に路肩に車を止めて、もう少しだからねと返事をしていました。

そして、帰ってきた僕の目に飛び込んできたのは、猫タワーの下のトンネルにうずくまって、足を突っ張りながら頑張っているメルの姿でした。

もうかれこれ2時間ほどこの状態とのこと。

黒い物体は羊膜のようでした。たまにぐっと力が入る度に出てきそうになるのですが、なかなか出てきません。

ぐれおじさんも、ゆき姐も、ティオも、みんなで固唾を飲んで見守りました。ティオはたまにメルのところに近づいて、心配そうにみつめていました。猫にも状況が分かるんだなぁと、感動しながらも、まだかな、まだかなと心配で仕方がありませんでした。

それからさらに2時間くらい経ったでしょうか。

猫は安産だと1時間くらいで出産すると聞いていたので、明らかに難産でした。かかりつけの病院の診療時間は終わっていましたが、まだ先生はいるかもと思い、電話をかけました。すると運良く先生が電話に出ました。

「とりあえず、今は何もしてあげられないから、静かに見守ってください」

無力。こんなに辛そうなのに何も出来ない自分が情けなくなりました。でも、メルの頑張りと先生の言葉を信じるしかありませんでした。

そして、さらに1時間が経った頃、なんとメルがよろよろと立ち上がったのです。そして、コタツの中に入ってきたではありませんか。猫は出産の時、1人になりたがると聞いていたのに、僕とYuさんがいる方に近づいてきたのです。まるで、「助けて」と言ってるかのようでした。

僕達は変にストレスをかけないよう、でも、メルが安心できるように、そばでそーっと様子を伺ってました。

そして。夜の9時ごろ、ようやく子猫の頭らしき物が見えてきたのでした。

13 完

 

第14話「ありがとうメル」

1匹目の子猫の頭が見えてきて、しばらくするとほぼ出てきたのですが、子猫の反応が弱い。

メルが顔を舐めてくれれば良いのですが、なかなか舐めてくれません。出てきた瞬間は呼吸もしていたのですが、しばらく動かない様子。僕とYuさんは戸惑いました。お医者様からは、出産に人間が関与しすぎると、育児放棄をする猫もいると聞かされていたからです。そのため、できるだけ手をかけないようにしていました。なかなか動かない子猫を前によくない想像すらしてしまいました。

「ひょっとしたらダメかもしれない」

その時、メルが奥の方に動いてくのにつれて、出てきた子猫も引っ張られていきました。やはりまだ出きっていなかったのです。さすがにこのままでは圧死の危険性がある。Yuさんは意を決して、子猫を引っ張り出しました。なんとか子猫を取り出して、メルの目の前に置いてあげました。出てきた子猫はちゃんと息をしているようでした。そして、すぐにメルが子猫を舐め始めました。

すると、子猫が元気に動き始めたではありませんか。

僕とYuさんの目からは涙がこぼれました。

よかった。。。ただそれだけでした。

メルは一生懸命、子猫を舐めてあげていました。

そして、しばらくして、メルがまたいきみ始めました。2匹目の出産です。

今度は1匹目よりはスルッと出てきたのですが、やはり少し引っかかっていたようなので、最後だけ手伝ってあげました。

メルは2匹目も丁寧に舐めて、へその緒も食べてあげていました。

そして3匹目も無事に誕生。

ようやく、長い戦いが終わりました。

僕とYuさんはただひたすら、生命の誕生に感動していました。

ぐれおじさん、ゆき姐、ティオも、大人しく見守ってくれていました。

僕はティオに、

「パパになったね」

そう声をかけてあげました。

そして、何より、

メル、ありがとう。本当によく頑張ったね。

 

メルの出産シーン

14

 

第15話「一夜明けて」

マンチカンの3兄妹が無事に産まれてから、数時間後には毛がふさふさな状態で、元気にお乳を飲むようになりました。産まれた直後は猫らしからぬ姿だったのに、あっという間に猫になりました。子猫の変化のスピードには本当に驚かされます。

パパになったティオ、ぐれおじさん、ゆき姐は物珍しそうに覗きに来ていましたが、特にぐれおじさんは、メルママのことも気にかけながら、そばにいてくれました。一方、ティオパパときたら、興味本位で子猫をのぞき込んでは、

「シャーッ!」

まったく、なんて臆病な猫なのでしょう。

そんな様子なども楽しみながら、僕とYuさんは子猫に釘付けでした。

ちなみに、子猫の名前はYuさんが付けました。

まず真っ先に決まったのは長女の「ミュウ」。Yuさんは昔から可愛い子猫を飼うことになったらこの名前を付けたかったんですって。

そして、次女は「モコ」。茶色でモコモコしてたから。

長男は、、、

「白い子」

この子だけ名前が決まりませんでした。

しばらく「白い子」と呼んでました。

なんか呼びやすかったから。

「ルナ」という名前がついたのはしばらく経ってからでした。

そんな名付けを楽しんだり、延々と写真や動画を撮りながら、

「子供が産まれたパパってこんな感じかな」

なんて心地良さに浸っておりました。

ところが、ある時ふと、おかしなことに気づきました。

いや、産まれた時に「おや?」とは思っていましたが、時間が経っても変わらない状況に、

「これは、まずい」

と思ったのです。

3番目に誕生したモコたんの後ろ足が、ほかの2匹と違って内側に曲がったままなのです。まるで、手を「ぐー」の形にしたように。

そして、後ろ足を引きずるように歩くんです。

生まれた瞬間は、まだ直後だからかなくらいに思っていたのですが、他の子の様子と明らかに違う。

「ひょっとしたら、、、」

考え出したら急に不安が増幅して、

僕とYuさんはモコたんを慌てて病院へ連れて行ったのです。

15 

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